
向上心のない女性はいない……そう言われるほど、女はみんな自分を磨くことに、とても熱心。いくつになっても“自分を高めたい≠ニ思いながら日々を生きています。ただそれだけに、どうしたら自分が磨かれ、高みに上っていけるのか、その方法を常に模索しつづけてもいるのです。
本を読む、演劇を観る、音楽を聴く、習い事を始めて趣味を広げる、そして、旅に出る……たとえばそういうことも、自分を磨くこと。でも一方、そういう方法で本当に自分の価値が高まっていくのか、確信がもてないからこそ、もっと手応えある、形ある答えが欲しいと思うのかもしれません。
とすれば、“美しいインナー≠身に着けることも、“自分を磨く手応えある方法=Bしかも、外側からだけじゃない。インナーは“内側から≠熄翌磨く、大きな決め手だって気付いてほしいのです。美しい絵画を観たり、心を打つ音楽を聴いたりするのと同じように、精神からも女を磨いていく、それが大人の女にとってのインナーだということに気付いてほしいのです。
丹精込めてつくられた美しいインナーは、裸のからだを覆うだけじゃない、体型を整えるだけじゃない。外見と内面、言わば“光と影≠フ両方で、人を美しくしつつ人を磨きます。だから存在感を際立たせ、印象年齢までを若返らせるという、さらにもうひとつ上の役割を果たすのです。それはまさしく、“インナービューティ≠オてくれるインナーの時代。美貌の下着ほど“高機能≠ノして“高効果≠ニいう新しい法則の始まりです。

普段はカジュアルな服ばかりだからこそ、インナーにはできるだけフェミニンなものを選びたいという人がいます。美しいインナーを集めるのが何よりの趣味だという人がいます。それは、誰もがもっている女心なのでしょう。
インナーはもうひとつの女の裸。いえ、女のからだは下着を着けて初めて完成します。だから美貌のインナーを身に着ける時、女はいつも胸の高鳴りを止められないのです。その美貌をそっくり纏って、自分のものにする感動があるから。日常の中の非日常……それが女の下着だからです。
どういうことかと言えば、服で覆ってしまうからこそ、誰も知らない“もうひとりの自分≠“本当の自分≠、女はインナーに表現しています。おそらくはだから、アウターでは纏えないような華麗な花柄やラグジュアリーな素材、ドレッシーな色味を選んでいるはずなのです。まるでドレスを選ぶような気持ちで。だからそれは、一枚奥のドレスアップ。まさに、日常の中の非日常です。
ヴィクトリア調、ロココ調、ミュシャの絵画……たとえば下着で、古典的な様式美を機能美とともに描き出す2012年春夏の「ラゼ」も、ひとつの非日常。当たり前の日常の中で、文字通り絵画を愛でる時のように、感性を磨き、育んでいくという新しい役割をもちました。まさしく、美しさで内側から人を磨き高める、耽美主義のインナーとなったのです。

人の肌は、知性と感性をもっています。脳のように自ら考え、感情をわき上がらせます。だから、ここちよいものに触れると、自ら弾むようなハリを生み出し、輝きを放ったりするのです。化粧品が、テクスチャーをことのほか大切にしてきたのも、それがため。心に響かせて、内側から効果を引き出すような肌のインナーケアも、今ますます進化を早めています。
でもひょっとすると、肌に触れ、からだを包むインナーは、むしろ化粧品以上に心に届いて、心に効いて、人を美しくするのかもしれません。見た目で人を魅了し、つけごこちで魅了する。そしてまた、からだをやさしくここちよくサポートしながら、シルエットを整えて、人を感動させる。さらにはからだのラインが一日中くずれない“自信≠ナ人を輝かせるというふうに、精魂込めてつくられたインナーは、まさに五感に訴えかけて、あらゆる瞬間、人を美しくしてくれるのです。「ラゼ」はまさに、そんなインナーをめざしました。
しかも、表情を輝かせて、しぐさまでをたおやかに上品に凜とさせる、そして見た目も5歳若返る……。本来、下着とはそこまでのチカラをもつのだということを、思い知らせることになるでしょう。インナーのチカラ、魔法のような威力を教える下着、それが“インナービューティ<Cンナーなのです。